「アリス」
「アリスじゃないわ」
「アリス」
「聞こえてる?」
「アリス」
「はあ、」
私の制服を掴んでいる兎
虚ろな瞳でアリスと私を呼ぶ
兎ってもっと紳士的なものなんじゃないの?
まあ、私の知る不思議の国のアリスではね
「アリス」
「…何、」
取り敢えず返事をしてみた
勿論、私はアリスでは無い
けどアリスは好きだ
だからアリスと呼ばれて嫌ではない
「兎を追いかけよう」
「……は」
兎はあなたでしょう?
そう言いたかった
というかそうなんです
私の制服のスカートを掴む白い兎は
黒い兎を追いかけようと
無表情の赤い瞳で私を見る
頭が痛くなる
白い兎は半分の懐中時計をぶら下げている
もう半分は黒い兎が持っているらしい
「この時計がひとつになったらアリスを迎えに行くんだ」
そういって私をアリスと呼び
駆け出す白い兎
誰か助けてください
この馬鹿な白い兎を
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「愛して」
ぎこちない手で愛撫する貴女の腕は、白くも黒くもなく普通と言った言葉がとても似合う。貴女は愛してという私の発言に驚きを隠さなかったが、すぐに口と口を合わせいいよ、と言った。ちくん、と刺さる。鎖骨に残された痕と心臓よりもっと奥深くにある心の両方に痛く甘く酔わせるように醒まさせるように。
「愛してくれるの?」
「愛し方が分からない」
「そう、」
貴女は申し訳なさそうに下を向いて黙り込む。こんどはぎゅっと抱きしめられると同時に心が鎖にきつく縛られたかのように苦しくなり、心の苦しさを隠しながら抱きしめられるぬくもりと切なさと申し訳なさでたくさんになり声を震わせた。それに気づいた貴女は私の顔をみてやっぱり時間を下さいと言い、私から手を離して私の前から姿を消した。
「ごめんね」
私は貴女の姿が消えてから呟いて泣くことしか出来なかった。
「強がり」
「うるさい」
「ツンデレ」
「何だそれ」
「馬鹿」
「黙れ」
「好き」
「きらい、」
「好き」
「だいきらい、」
「 」
「…嘘」
「うん」
「くたばれ」
2人が居るこの世界が回って、回って、月が満ちて、月が欠けて、夜がきて、朝がきて、世界を見つめて、世界を拒んで、世界を愛して、世界を壊して、無色透明な愛という塊がさらに追い討ちして明日も明後日も来年もずっとずっと。一緒に居ることが当たり前の2人は世界を助ける。
そんな嘘さえも今では甘い殺し文句に聞こえる私はきっと世界の誰よりも彼を好いているんだなと、彼を無視してメールを打つ手を止めてふと思う。大嫌いな奴ほど気になるって本当なんだな、と友達から借りた少女コミックを思い出し苦笑いする顔を彼に見られて更に苦味が増す笑み。そんな顔ですら可愛いとほざく彼の口と脳と存在はおかしいと思うのが本音なのだが、その彼を好いている私こそ本当におかしいと辿り着いてしまうので考えなかったことにする。この際、両方おかしい存在なのだと自覚して開き直ろう。
「変」
「変?どうしてさ」
「おかしい」
「おかしくないおかしくない。僕等が全て基準なのだから、僕達からみれば周りが変なのさ」
そうだ忘れていたが、彼は典型的なB型でありいつでも自分が基準でいつでも自分中心だった。それでも嫌と思わないのはよほど私がおかしくなったに違いないと、また思い知らされる。
彼と私の世界、
あの日あなたに出会った。
そこらじゅうに張り巡らされた電子の回線で、あなたと会った。そして、あなたはあなただった。
>はじめまして
>はじめまして。
他愛の無い会話。日常的な会話。全ての人に対応した全ての人の共通の会話。シンプルで感情が見えない会話。音の無い会話。
>死にたいね
>死ねば?
>優しくないね
>生憎、私にはそんなの無いわ
私は私を否定して私を肯定させてきた。誰だってそうだと思っていた。私が死んだところで私には関係なく、私が私でなくなるだけだと思っていた。
けど、あなたはあなただった。
あなたはあなたをあなたとして生きてきた。あなたはあなたで居るのが好きだった。でも同時に嫌いだった。あなたはあなたを認める度、あなたでいられなくなった。
>変わってるね
>あなたもでしょ
>そう?言われたことないや
私は神様を信じなかった。でも、あなたは信じていた。
私は私じゃなかった。でも、あなたはあなたでした。
>また会えたらいいね
>もう落ちるの?
>うん そろそろ僕は落ちる
>そっか
>ね、
>何?
>また会えたらいいね
あなたはそう言うと居なくなった。
次の日、テレビで自殺のニュースを見た。若い男性で、近所の人は良い人だったのに、とインタビューに答えていた。
あなたはあなたで無くなった日。
私は私になることが出来た。